2011年5月31日火曜日

革命論のはしごを外す

スペイン蜂起の臨場感を味わうにはブログ「ラモン本を我らの手に!」が素晴らしい。http://ramonbook.wordpress.com/
そしてキャンプは続く。マドリードが遠くにあると考えるのは革命家の遠近法にすぎない。革命論のはしごを外せば、そこはプエルタ・デル・ソル広場である。プログラミングされたメトロポリスのただなかで、ヒューマンエラーの圧倒的反復を。いますぐポゴダンスの熱狂を。
http://www.ustream.tv/channel/enlace33
ポゴダンスの導火線はポルトガルからのびてきていた。海賊の旗をなびかせよう。3月12日、リスボンの映像

2011年5月30日月曜日

都市キャンプ

Yes we camp !

あらたな戦術が生み出された。都市キャンプである。スペイン革命が気づかせてくれたように、ひとが通過するだけの場所で生活してしまうこと、それだけで革命的行為となる。メトロポリスのフローを生活それ自体によって遮断し、人間のありふれた生活を破壊的に現前させるのである。そこにはもはやストライキとラッダイトの区別さえない。さらには最高のゲリラ戦術である。パリにいるひとは6月11日14時30分に反原発デモの出発地点であるレピュブリック広場に行かなければならない。かならず馳せ参じなければいけない。だがその前に今日にでも明日にでも、バスティーユ広場の都市キャンプ=生活に参加するべきだ(*追記を参照のこと)。







追記
バスティーユ広場のキャンプは警察により強制退去、逮捕者も大勢出た。ただし、バスで乗り合わせた1932年生まれという老人は私の肩を抱きながら言った。「警察に排除されたとしたら、明日、明後日と、もっと大勢になって戻ってくるはずだよ」。


2011年5月29日日曜日

動物たちの霊とともに

友人からル・モンド紙のルポルタージュ記事の翻訳がとどいた。人々の蜂起は、かけがえのない動物たちの霊とともに。そして「不可能なものは生起するしかない」(マドリードのプエルタ・デル・ソル広場のグラフィティ)。

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2011年5月28日ル・モンド

絶望のなか、フクシマの畜産農家は農地や家畜と別れねばならない

「計画的避難区域」から5月31日にすべての住民がいなくなる。

葛尾村の松本しょういちの家は、いつ建てられたのか彼にもわからないほど古いものである。「見てください。この家はどんな地震にも耐えてきた。このまえの地震でもびくともしなかった。でも私たちは、目にはみえない危険のためにここから 離れないといけないんです。」すばらしい造りの家を撫でながら、70代の彼はそう言った。そこから25キロ離れたところに福島第1原発があり、村は「計画 的避難区域」に含まれている。住民は5月31日までに退去しなければならない。

彼と妻のしげこ、そして息子たちは、あるゴルフ場のそばの 宿泊施設に引っ越すことになっている。ゴルフ場のグリーンがこの谷の緑を離れねばならない彼らの苦しみを癒すことはない。しげこは呟く。「米を作ったり、 タバコを育てたり、牛の世話をしたりという、私たちがいつもやってきたことすべて、私たちが愛してきたことすべてが、これからはもうできなくなるんです。」

4頭いる乳牛は、全国でも有名なこの地方の特産種で、それぞれ名がついている。彼女たちを世話するために、しょういちは被曝するの を厭わなかった。放射能が谷に忍び込み、家族とほかの村民を避難所へと追いやっているときにも、彼はここに一人残ることにした。最初のうちは放射線が怖くて、できるだけ戸外を避け、畜舎と家も走って往復したという。しかし慣れてしまうとこんどは自分を村の最後の守りとみなし、近所の家の見回りや残された家畜の世話をした。

4月になると、少しずつ戻ってくる人も現れた。最初のうちは避難所と村を往復するだけだったが、そのうちに家に戻って暮らし始める人も現れた。誰にとっても、何週間も放置してやせ細ってしまった牛への思いは、放射能の恐怖より強かったのである。菅野ひろし41歳も牛たちをまるで家族の一員のように語る。彼は5月26日に14頭いる彼の牛たちの半分をトレーラーに乗せた。本宮の競売場で、原発の近隣の家畜のための特別競売会があるので、それにかけるのだ。

彼の牛たちは、検査で汚染されていないことが確認された。だからそれなりの価格が期待できる。本宮の市場で崩れるのは相場ではなく、畜産農家のほうである。しばしば高齢の彼らは、自分たちの生きる理由が彼らの最後の牛たちとともに消えうせるのを知ってしま う。菅野は自分の牛をすべて売ることはやめた。残した牛は、松本の牛と一緒に避難区域の外にある村の畜舎に預けることにした。

二人の畜産家はしかしながら、この解決が一時しのぎのものでしかないことを知っている。「なにしろ金がかかりすぎます。汚染していない飼料は遠くから運んでくるしかありませんから」、と菅野はいう。「それに国の補助金がもらえません。政府はとんでもないシステムを作ってくれた。5月31日まえに牛を送り出すわれわれは、牛たちを自主的に避難させたとみなされるんです。だから補償はでません。でもだれもが今のうちに送り出すことを選びました。というのも、31日を過ぎると、われわれもまた立ち入り禁止区域の内側にいた人たちと同じ状況に陥るからです。」

菅野はじっさい避難所で、葛尾村のなかでも3月13日から立ち入り禁止区域となっている地区の畜産家たちと一緒だったため、彼らから恐ろしい話を聞かされていた。家畜は放置して餓死させるか、屠殺する しかないという。役場もそうしろといっていると。「彼らの地区はここから5キロしか離れていないし、牛も私のより被曝しているわけではない。避難区域のこ のような線引きはまったく馬鹿げているんですよ」、と彼はいう。

こうして、原発から半径20キロ以内の立ち入り禁止は、放置されても生き延びた3400頭の乳牛、30000頭の豚、630000羽の鶏の巨大な屠殺場となっている。飼い主が連れ出せなかったペットも同じ運命をたどる。

避難所にいる人たちは、放射線防護服に身を包み、2時間だけという約束で、パニックのなか逃げ出した自宅に戻ることを許された。彼らのなかには、連れて逃げるのを許されなかった犬やネコを探すだけの目的で帰宅した人も多い。しかし、その死骸をみつけるかその不在を確かめた後、彼らは涙ながらに避難所に戻っている。そういう彼らの悲嘆の声が、福島の農家のはかりしれない悲嘆の声とひとつになって響いている。

ジェローム・フノグリオ

2011年5月23日月曜日

蜂起あるのみ





http://owni.fr/2011/05/21/comprendre-la-revolution-espagnole/より(フランス語)

スペインだろうが日本だろうが関係なし!
失業率だろうが放射能だろうが関係なし!
ヒューマンストライキにつぐ
ヒューマンストライキあるのみ。
蜂起につぐ蜂起につぐ
蜂起あるのみ。

2011年5月21日土曜日

裏切りのコナトゥス

いま必要なのは連帯の求心力ではなく、サヨナラの遠心力である。

風評被害を口にする農民を、そのような農民の味方どもを、裏切れ。
パニックを弾圧するマッチョを、マッチョのとりまきのマッチョどもを、裏切れ。
したり顔の批判しかしない批評家を、批評家にむらがるしたり顔どもを、裏切れ。
資本主義の終わりと終末論を混同するバカと、そのバカを賛同するバカどもを、裏切れ。

家族を落胆させること。
友人をすこしだけ裏切ること。
組織から目立たぬように離脱すること。
くだらない教師の授業の履修をやめること。
くだらない学生のプレゼンにそっと席を立つこと。
大声の批判ではなく、笑いながら思ったことを小さく口にすること。
メジャー(ノーマル)とマイナー(アブノーマル)のカップルに知覚されぬ者となること。
連帯のオアシスではなく、砂漠での出会いに賭けること。

軽蔑を隠さないこと。

あるいは、
福島を去ること…
連帯を破壊すること…
関東平野の外に出ること…

各大学は文科省を裏切ること、
福島大学生の編入を無条件で受け入れること、
かれらの住宅を無償で提供すること、
福島大学の教員とスタッフを無条件で雇用すること。
各高校は、各中学は、各小学校は、文科省を裏切ること…

立ち去る者だけが、足跡を残すことができるのだから。

2011年5月20日金曜日

サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ


「だから今は
どれだけ友だち失えるかが勝負だ。
サヨナラ。サヨナラ。サヨナラ。」
(あるtweetより)

2011年5月19日木曜日

REAL TIMES

2011年5月17日火曜日

いわきから

友だちから動画が届いたよ!(写メだから画質悪いけど)



2011.5.15 福島県いわき市でおこなわれた、☆NO NUKES! PEACE DEMO in Iwaki, FUKUSHIMA☆ の模様(くわしくは「イルコモンズのふた」をみてね)。いわき駅前になだれこむ、ドカドカうるさい者たち。 「いわき市、きれいで、風が渡ってて、とても気持ちのいい街。いわきの人たち親切。青空のもと、この一帯が放射能で汚れているなんて、この風がヨウ素セシウムをぶりぶり運んでいるなんて、どうしても信じられなかった。原子力ムラが憎い。」(友人談)









おまけ。いわきのゴールデン街。






ところで15日放映のNHK・ETV特集「ネットワークでつくる放射能汚染地図」こわかったね~っっっっ3.11以来、初めてテレビ役に立ったね。みのがしたひとは、5/19(木)深夜1:30~NHK総合で再放送やるよ!たぶん、木村さんが検査にだしたプルトニウムの値を軸に続編がつくられて、そのあと大暴動がおきるね。

Gimme a vacation



「サマータイム」厭です、ヴァカンスをよろしく!

2011年5月12日木曜日

通告



政府、東北東関東の大学および自治体に告ぐ。
おそらく近々嘘をついておこなわれるであろう1号機の「ガス抜き」
および隠蔽されている3号機その他の状況悪化による
3月中旬を超える超弩級の放射能汚染が起きる前に、
ただちに住民を避難させよ。
さもなくば九州にすでに成立しつつある革命政府と国連による
日本列島占領を実施する。

2011年5月9日月曜日

ぜんぶ放り出して出て行こう

けっこう楽しそうだった天狗ブロック。つい音のでる車についていっちゃったけど、こっちにも入ってみればよかった!!

いずれにせよ、もはや被曝は自明である。数値や安全性をめぐる言説は無効である。放射性物質は遅かれ早かれ、何らかのかたちで体内にとりこまれるだろう。このペストの時間のなかで起こるのは、群衆の真実をめぐる闘いである。退避すべきは「産む性」だけではありえない。人殺しをやめさせること、資本主義の聖遺物である原発と訣別すること。馬鹿げた社会を止めること。われわれは身の程をわきまえることなく振る舞うだろう。
叛乱は多岐にわたるはずである。被災者のローンの取り消しを求めて、ヴォランティアの大規模なサボタージュが発生するだろう。避難先の自治体の庁舎は、無条件の生活保護を要求する難民たちによって占拠されるだろう。現金を手にした彼/彼女たちの一部は、東電、日立、東芝、三菱などの社宅や保養所で暮らしはじめるだろう。御用学者の授業はボイコットされ、学生たちは専門家にしかわからない知識などないと気づくだろう。
武器をとる必要はない。破壊すればよいだけである。4月10日の東京での反原発デモには2万人の参加があった(5月7日のデモもおそらく同規模であったようにみえる――引用者注)。政党や労組によらないデモとしては、すでに68年の規模をこえている。原発は止まり、われわれ自身の手によってブラックアウトがひきおこされるだろう。くりかえすが、パニックを肯定し、新しい気象学の時間を生きなければならない。われわれがうろたえ、怯え、悲しみ、絶望するとき、情動そのものを労働に組み込んできた資本の支配は終息へと追い込まれるだろう。原発の破壊は認知資本主義の内破であり、それは革命のなかの蜂起のはじまりにほかならない。

(『来たるべき蜂起』翻訳委員会「流言の氾濫はすでに革命の到来を告げている」、『現代思想』2011年5月号)

でてこい にっとの


こらあ にっとの! 東工大! でてこい!
「分野横断的・文理融合型的センスで」答えてみろ!
先生方から公開質問状が、
自治会からも要望書がでてるぞ!

こちらは 福大教員・中里見博さんと
小出裕章さんとのやりとり

福島市、毎時3マイクロだろうが!
管理区域だろうが! 無理だろうが!

2011年5月8日日曜日

07/05/2011 渋谷



(自由報道協会〈ザ・ニュース〉より)