2010年12月13日月曜日

マイケル・ハートの大学論



マイケル・ハートがリベラシオン紙に大学論を寄稿している。題して「アメリカの大学の方針をめぐる誤謬」。ただし紙上に掲載されたフランス語テクストはいささか粗雑でニュアンスが洗い落とされているため、ここではエデュ・ファクトリーEdu factoryのサイトで読めるその英語版(「アメリカの教育と危機」)を参照した。


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「アメリカの教育と危機」 マイケル・ハート

あらゆる国の政府が、公的教育予算の削減、大学学費の値上げをおしすすめている。多くの場合、こうした措置は経済危機への対応策として表明されているが、じつのところ、これは経済危機以前から実施されていた。イギリスやイタリアをはじめとするヨーロッパの多くの国々において、学生たちは路上で警察と対決し、政府の決定にたいしてあらたな抵抗の様式をこころみている一方で、アメリカの大学キャンパスは比較的な静けさをとどめている。
とはいえ、40、50年前におけるアメリカの学生運動は、全世界でもっとも活発で革新的な運動のひとつだった。当時のアメリカの学生は、戦争や人種差別や階層的社会秩序にたいして闘っていたのみならず、教育システムのデモクラティックな変革のためにも闘争していたのである。ならばなぜ、こんにちのアメリカの運動は、同時代の世界的教育危機にしかるべく応答できていないように見えるのか? 
近ごろいくつかの重要な運動が出現したが、それらは広範な注目を集めることができなかった。そうしたなかでもっとも重要なのは、カリフォルニア州立大学で学費値上げに反対した運動である。カリフォルニア州立大学の学費は過去10年間で漸進的に2倍にまで値上げされていたが、学生たちの抗議を呼び起こしたのは、2009年11月に突如打ち出された32パーセントの増額であった。1970年以降のアメリカの大学においてもっとも大規模かつ広範囲におよんだその抗議行動のなかで、学生たちは大学を占拠し、さまざまなデモンストレーションを組織したのである。
カリフォルニアの学生がとりわけ焦点化したのは、大学全般における高額な学費や財政的支援の不足がもたらす社会的不平等であった。明らかに、そうした変化に最初にきびしくさらされるのは貧者である。学生たちが強調したのは、拡大する階級格差が人種格差と密接に対応しているということだった。というのも、高額な学費による影響をもっともこうむることになる大部分は、黒人学生やラテンアメリカ系学生だからである。
より幅広い人口層に大学教育を開放するという、これまでに獲得されてきたわずかばかりの成功は、いま覆されつつある。過去30年にわたって、「アメリカの大半の学生がかよう公立大学は一貫して予算削減の対象となってきた」。これはカリフォルニア州立サンタ・バルバラ大学で教えるクリストファー・ニューフィールドの言葉だ。「これにより、教育上の恩恵を受けられる者は、これまでの4分の1となる富裕な学生のみに制限される。これは同時に、アメリカの世界的な強みであった従来の教育上の成功を破壊してしまうことだ」。
カリフォルニアの学生運動は重要であったにもかかわらず、強度、規模、支持においてヨーロッパの学生運動にはとおくおよばなかった。この違いの明白な理由のひとつは、アメリカの大学における変化がより小さく、漸進的に現れてきているという点である。かねてより、アメリカの公立大学の学費はヨーロッパの大半の大学より高額であったし、近ごろの学費値上げにしても比較的に控えめなものだった。カリフォルニア州立大学における32パーセントの学費値上げは、最大で300パーセント値上げするというイギリスに比べればささやかなものに映るのである。アメリカ合衆国における学生運動の縮小をもたらしているだろう第二の要因は、大学の状況が国家レベルで統一されていないという点である。アメリカにおいて、公立大学の予算も学費も州ごとに異なる。多くの私立大学の存在を考慮すれば、状況のばらつきはより顕著だろう。
しかしながら、合衆国における学生アクティヴィズムの低迷を生みだしているもっとも重要な理由は、より深い国家的状況から派生している。万人のための教育、とりわけ万人のための高等教育という社会的価値はもののみごとに失墜してしまった。このことは他の国々にも同じく当てはまるだろうが、アメリカの場合、その失墜はより急激におとずれたのである。ところで、学生運動が力強い発言権を得ることができるのは、大学教育が社会的な優先項であるときにかぎられる。
このことを理解するために、かつての「スプートニク危機」にたいするアメリカの対応と対比してみよう。冷戦というロジックの枠組のなかで、ソヴィエト連邦による人工衛星スプートニク号の打ち上げは、アメリカの安全をおびやかし、その世界における立場を危うくする挑発とみなされた。その対応策として、アメリカ国家は大学予算を大幅に増額し、なかでも科学やテクノロジーの分野の強化をはかったのである。使命とされたのは、たんに高度科学技術者の養成や軍事技術の発展ばかりではなく、教育システムのあらゆる地平を拡大すること、広範囲におよぶ多様な成果をもたらすことであった。先駆的なフェミニスト理論家たるダナ・ハラウェイですら、自身をしばしば「スプートニクの子供」と称するほどである。
すなわち、社会を横断する知識と知性の増大が、国家の優先事項だったのであり、大衆教育の推進が、アメリカ経済の成長に直接的に寄与したのである。さらにまた、こうした教育プロジェクトを文脈として、60、70年代の学生運動は全国規模の議論を形成し、力強い発言権を獲得したのである。
スプートニク号の打ち上げがアメリカをより賢明にしたということができるとすれば、その時期のアメリカの国家的立場にたいする挑発と第一にみなされた9・11の襲撃は、アメリカをより愚劣にすることにしかならなかった。「テロとの戦争」は、かぎりなく狭い意味でのテクノロジー・軍事上の知識にのみ優先権を与えたのであり、いまも愚かなセキュリティ言説は公共の議論に蔓延している。こうした雰囲気のなかでは、公的な大衆教育の推進をもとめる議論も、学生がうったえる平等で開かれた大学へのアクセスの要求も、たいした影響力をもたないのである。
経済発展のための大衆教育の重要性は、こんにちも50年前も変わりはない。ただし教育分野における経済的意味が変化したのである。幅広い層のエコノミストらとともにトニ・ネグリとわたしが主張しているとおり、ここ数十年のあいだで、経済の主要セクターは工業生産からわれわれが生政治的生産と呼ぶものへ移行したのである。それは人間による人間の生産であり、そこにはアイディア、イメージ、コード、情動といった非物質的財の創造がともなう。この主張が正しければ、エンジニアや科学者を養成するための大衆教育は、これまでのように経済競争力を高めるための最優先事項ではなくなるだろう。生政治経済において、大衆知性、とりわけ言語的・概念的・社会的な力能としての大衆知性こそ経済的革新をもたらすのである。
世界の大学がおしすすめる政策はこうした変化に歩調を合わせることができていない。公的予算の縮減をおぎなうために大学側が民間に求める資金は、有無をいわさず科学やテクノロジーの分野に割り当てられてしまうばかりだ。人文諸科学はといえば、生政治経済のもとでますます価値を帯びてきているにもかかわらず、予算に困窮し、衰弱している。このような場合、学生たちの要求は現実的な経済的発展の方向に向かうのである。したがって、現時における学生たちの抗議は政治の一般法則を裏づけるものなのだ。すなわち、社会的闘争は社会的発展に由来し、それを予示するものなのである。
わたしはたいてい、アメリカ文明の衰退を嘆くたぐいの言説には懐疑的である。じじつわたしは、アメリカの軍事的支配の失墜が、はるかに創造的でダイナミックな社会的発展の時代の先ぶれだろうと予感している。それでも、あらゆる水準における大衆教育に社会的優先権を付与しえなかったという失敗は、確実に、衰退をしめす要因のひとつである。そしてわたしは、経済危機に直面したアメリカの大学が比較的な静けさをとどめていることを、そうした問題の徴候であると解釈する。(2010年12月02日)

2010年12月10日金曜日

大学という風景


シネマテークで若松孝二特集が組まれている。その数およそ40本。まだ数えるほどしか観ていないが、若松映画に夢中になってしまった。若松孝二とは、しばしば考えられているように「転覆」の作家ではない。正しい映像表現をめざす既成の美学に対し、土臭いエロスやテロルを対置させるという、そうした安易なアンチの作家ではないのである。そうではない。じつは若松孝二とは、ゴダール的な「たんなるイメージ」の作家だ。ここでは、かつての理論化にならってそうしたイメージを「風景」と呼ぼう。「風景」とは、われわれの前に立ちはだかる権力の受肉した姿そのものであると同時に、予兆としての来たるべき蜂起を潜在的にみなぎらせているもの、のことだ。どこにでもある似たような風景、しかしそこには、権力のイメージの現前と蜂起のイメージの予兆という弁証法が静止状態のまま焼きつけられているのである。難しいことではない。そうした「風景」を見ていると、なにかとっても悪いことがしたくなるのだ。若松映画にはそのような「風景」がちりばめられているのであり、たとえば『性賊/セックス・ジャック』(1970)はそのような「風景」を堂々と提示しえた作品として傑作だろう。

イタリアからイギリスまで、ヨーロッパを大学闘争の突風が吹き抜けている。イタリアでは大学予算のカットに対して、イギリスは学費値上げ(これまでの3倍、およそ年間100万円)に対して。イタリアとイギリスの学生らが合同で「ヨーロピアン・コーリングス」という声明を出しているので、是非とも読んでほしい。ところで、わたしたちはもう「ヨーロッパの大学」とか「ヨーロッパの波」とか、ヨーロッパ人の言う「ヨーロッパ」に若干うんざりしている。ヨーロッパと言うな、はっきり世界と言えよ。なぜなら大学とは一義的な存在であり、ヨーロッパの大学とかアジアの大学であるまえに、すべての大学は世界の大学だからである。イタリアやイギリスで大学蜂起の主体化が生じているとすれば、それはヨーロッパの大学という狭いフレームに依存してのことではなく、大学の世界性を起点としてのことなのだ。そしてそうであるかぎり、日本の大学でも不可視の蜂起は着実に進行しているのである。若松孝二らが「風景」を世界同時的なものとして見出し、そう読み変えていったように、われわれもまた、大学を世界として、世界同時的なものとしてまなざす必要がある。どこにでもある風景としての大学、そこには権力の現前と蜂起の予兆の弁証法が静止状態のままうちふるえているのだ。Fuck Fees!