2009年8月31日月曜日

だいきらいだ だいにっほん間接民主制

1)まず謝れ無能経営を。原蓄→不況→怒髪天をついて叛乱なんじゃ。原蓄がおかしいっていい加減に気づけバカ。何か言ってみろ無徳の輩が。ぜんぶ不況とおぼっちゃまくんのせいにできると思うなよ。

2)バラ撒き批判をしたいようだが、その前に尋ねる。いい感じで答えられたら批判させてやってもいい。「バラ撒いて経済効果がなかった」ことがあるのか、もし「バラ撒き」をやったことがあるとして、しかし経済効果がなかったとするならその理由は何だと思うか。歴史的に答えよ。

3)「そんな余裕無い」「財源どこだ」だと? どっちが養ってもらってるかようく考えてみろ。そのうえで、「余裕」って何か言ってみな。

3')生きてる俺が重要なんだ。直ちに俺への寄生を止めよ。「パラサイト・シングル」だと? 「自立」だと? 「自由経済」だと? サナダムシはお前だよ、ってかサナダムシに悪いわボケ。虫および寄生をなめんなよ。


4)道州制も認めねえからな。俺たちは歴史的に懲りているからな。そうそう言いくるめられねえぞ。 収奪された愛を今回はけして手放さないからな。覚えとけよタダ乗り野郎。

5)進歩ねえなあ!苦労が足りねえなあ!まあがんばれよ。俺たちはもうすでに、もっと遠くまで来てるから、
「見切りつけて ずらかろうぜ 失礼スルゼ! bye-bye」


5’)われわれは、永久に叛乱する。お前たちになぞ何か期待するか太鼓腹共が。ざまあみやがれ、

2009年8月27日木曜日

風死す、晩夏八首

「投票って行ったほうがいいの?」と凶悪な仏文学者にきかれて、
バディウは投票とかカンケーネーって言ってるって自分で書いてたじゃないですか、と思ったのだけれど、
承知のうえできいてくるこの人ったら ほんとうにほんとうのことしか言わないのだからな。
おれじつはどうでもよくて、というか自分のことしか考えていなくて、
「はばかりながら辞民党には入れたことありません」と一生言いたいがためだけに行ってます、
とは よう言わずに(辞がずっとのさばっていくのだろうとこれまでの生涯思ってたので)、
「行っちゃいますねえ投票 行かないとなんか気持ち悪くて」と言いました、すいません。

僕の理解者 B D T、全員アナキストです 大好きです
ずっと内田百閒にはかなわないと思ってきましたが、
これでちょっとだけせいせいしました、
おいじじい、てめえよりかおれの駄句のほうが剣呑だろう、
いつでも生活と革命は一体だ、
借金がなくてもあっても 焼け野原の掘立小屋に住んでいてもいなくても
死後に小銭しかなくてもあってもな

ブランキは政治なんて無えよって思っていたのだそうです
ペルティエもそうだった
全部わやになった場所に立ちたい、それは
虚無ではなく 誰も死なずに わが宇宙をひりだす事態があちこちで出来してほしい
ということの発端ではないか

こないだ新聞に「ゾンビ企業死すべし」って出てました、
それ おれが行ってる会社ですすいません
殺すべしじゃなくて死すべしっていうのは
タランティーノじゃなくイーストウッドってことですよね
おれは断然タランティーノです
「ハードボイルド」というジャンルは嘘ばっかりです
タランティーノはかたゆでたまごじゃなく生卵
おれは生卵のほうがうまい!

なんでSFで「可能世界」「多元宇宙」ってやったんだと思う?
知りつつある私が 虚構を書く ということです

芥川は書きました、
「夢は既に地上から去った。われわれも慰めを求めるためには(ブランキのように)
何万億哩の天上へ、――宇宙の夜に懸った第二の地球へ
輝かしい夢を移さなければならぬ。」
あっ、おれがじっと悩んでいることを
「夢を移す」という一言でかたづけるのか
このヤクチュウ!

ドン・キホーテが悩んでいるので僕はとても悲しい
「あいつは変わっちまった そうおれは河を 渡った
なぜだろう? ゆうべも」
この歌をきいて
悲しいのではない、うらやましいのだとわかった

黒衣の革命家!わたしはあなたに会ったことがある
夢の中で A.C.の小説の中で 新宿で ロンドンで レスボスで

2009年8月4日火曜日

今日大学へ行った、黄色いTシャツの人たちがいて

(注:以下、東京の話です。)
今日大学へ行った。
正門のところで、おおぜいの人がわあわあわあわあ言っている。
何人かはプラカードみたいのをかかげている。
すわデモかストかと思い、合流せむと 目が悪いのであわてて眼鏡を出してかけて、
ちかよっていくと、「資格の学校TAC」と「資格の大原」の勧誘合戦であった。
うんざりして図書館に行こうとすると、図書館に面した裏門のところにもTAC&大原がおり、
やっぱりわあわあ言っている。学生がへんなパンフレットをおしつけられている。
とくにTACはネオリベにやられたタイの人のような黄色いTシャツを着ていて、
声と身ぶりがひときわ大きく、不気味である。
門のかなた(大学構内)には、
この不気味な喧噪をものともせず遠ざかってゆく警備員ふたりの後ろ姿。
なんで? ビラとか街宣とか禁止するのに、TACと大原はいいわけ?

帰りがけ、電車のなかで花田清輝『復興期の精神』、不覚にも涙がでそうになる。
「言葉は空からマナのごとく、もったいぶって降ってはこず、
深い淵のなかから、あたりに木魂しつつ、大衆の耳にまで昇っていったのだ。」
これはセルバンテスが『ドン・キホーテ』をなぜ書いたかについて、という「註解」なのだけれども、
こんなふうな言葉のこだまが、おれを生かしていると思った。
Iさん、教えてくれてありがとう!
託宣たれてるやつより、忠告ぶってるやつより、経営しているやつより、ドウブツぶってるやつより、
だれよも気持ちEEEEEEEEEEEE!
というふうに 生きたい。

「変革のまっただなか 計画を練ってたら
からっぽ夏の待合室 ともだちが急にあらわれたんで
あたらしい Oh 奇蹟のまえぶれ感じたのさ
壁に貼った英雄の似顔絵落ちた気がする」
(「うぐいす」word by Reiichi Nakaido; performed by RC SUCCESSION)

2009年7月11日土曜日

We are all deadbeats

 イタリアで開催されたG8にたいする抗議行動はローマやラクイラのみならずイタリア全土で繰り広げられた。警官や機動隊カラビニエーリによる超法規的な横暴が振るわれ、逮捕者が続出するなか、それでも大学で、路上で、キャンプ地で活発な抗議行動が行われたのである。目下、その様子はyoutubeの以下のチャンネルに詳しい(http://www.youtube.com/G8life)。
 われわれは「負債学生」としてローマのデモに参加した。その負債は日本の大学、国家、企業、銀行がグルになってわれわれに背負わせたものである。学費が高ければ借りるほかない。そこで抵当に入れられるのはわれわれの(未来の)生存そのものである。そんなものは返さない。
 われわれが要求するのは、本物の負債である。たとえば恋愛関係とは、互いが互いに無限の負債をかかえこむことだ。ひとは恋人に身も心もあずけてしまうが、何も恐れたりしないし、「その代わりに」何かを要求したりもしない。恋人にたいして、友人にたいして、無限の負債をかかえこむ。無限に要求し、要求される。ここに何の問題があるだろう。
 こうした無限の負債関係こそ共産主義である。資本主義はその共産主義に寄生しつつ、ローンだの交換だのギブアンドテイクだのビジネスライクだのマーケティングだのマネージメントだのと言いつのって生産を掠め取ろうとする。だが、資本主義下の負債など知ったことではない。共産主義的負債の爆発、これがわれわれの愛である。われわれはそれをすでに知っている。(参考文献:デヴィッド・グレーバー『資本主義後の世界のために 新しいアナーキズムの視座』、以文社、2009)
 以下の写真は時間順(7月7日)。ビール瓶の写真の時点で一旦デモ終了、その後二百名ほどのブラックブロックがテルミニ駅を占拠した。















以下おまけ。


2009年7月5日日曜日

フルフェイス!


イタリアNo G8カウンターサミット・プログラム(Bellaciaoより)
4日 ヴィチェンツァ米軍基地Dal Molin反対デモ(15時半スタート)
5日夜-6日 ラクイラにて震災犠牲者のための追悼集会「記憶・真実・正義」(震災発生時刻の03時32分開始)
7日 ローマ、各国首脳到着に合わせての抗議デモ(17時バルベリー二広場集合)
7日 ラクイラのユニセフ公園にてフォーラム開催
8-9日 イタリア各地で抗議行動、デモ、サプライズ・アクション
10日 ラクイラ、大規模デモ(Paganica駅出発、震災地区を通って市の中心地へ)