地獄の様相になってきました。
放射能も刻々と浴びていますが
(現在の東京の放射線量は、
同じ状態が1年続くと仮定したらもう限界を超えている、
今後増えるならもはやいられない)、
精神的被曝が日に日にはげしくなってきました。
わたしはこの災厄にたいして、
初動で鈍かった自分を非常に悔いています。
最初に逃げたほうがまだ被曝がましだったし、
精神的にも落ちつけたかなと思うからです。
現在では、同僚たちに失笑されながら、
1時間ごとに近辺の放射線量
(個人のひとが自分で測って公開してくれているもの)をみて、
ちょっとでも外へ出るならマスク(N95)、サングラス、帽子。
帰宅したらすぐ玄関先で、
花粉ブラシ(ピカソで798円で購入)で気が狂ったように全身を掻いて、
そのブラシをただちにざぶざぶ洗ってまた翌日の要に備える。
(ちり紙で拭いてもいいそうですが、
その拭いたちり紙を触るのが怖いのでブラシに変えました)
爆発したら即自転車で逃げるために、
いじましく買いだめしたペットの水と
地図をリュックに入れて枕元におき、
ラジオつけっぱなしで寝ています。
猶予は数時間。
会社では、換気をするなとか水道水を飲むなといっても
まったく相手にされません。
全員殴り倒して気絶させ一人で仕事したいです。
みんな何の根拠もなく、
「危機は収束しつつある」と感じているようなのです。
テレビとかも「あっ、あと原発ですけど」みたいな感じで、
「もうだいじょうぶ」的なやり方を始めました。
また、とりわけオヤジ(影響が少ないといわれている40代以降男)が、
「どうせ、影響でるとしても何十年後とかだろ。それまで生きてないし」等、
半減期を勘違いしたらしき戯れ言をほざくのも我慢できません。
思うに、東京は「はっきりしない」ので、よけいに、
ほんとうはみんな怖くてしかたなく、
怖すぎるので「だいじょうぶ」と
(暗黙のうちに)目線でかわしあったりしているのではないでしょうか。
でも、「だいじょうぶかどうか」は、わたしには関係ありません。
偉そうなおっさんたちが漏らしたうんこのにおいを、
いっさい、0.00000000000000000001も、吸いこみたくありません。
お上の挙動不審もきわまりました。
今日、「長びきそうだから 基準値を上げるよ~」
と むちゃくちゃなことをいいだしたからです。
「これからがんがん漏らすよ~」といっているに等しいのです。
ほんとうにぶち殺したいです。いまはそれしか頭にうかびません。
2011年4月6日水曜日
2011年4月5日火曜日
2011年4月4日月曜日
2011年4月2日土曜日
ベーシックインカムを提議する
友人から提議がとどいたので掲載します。いますぐ、被災地・準被災地の人々に、ベーシックインカムの給付を。彼・彼女たちは、あたらしい土地に移住し、あたらしい生活をはじめなくてはならないのだ。
***
せめて被災者たちにベーシックインカムを!
***
せめて被災者たちにベーシックインカムを!
地震と津波ですべてを失ってしまった人たちがいる。福島第一原発からの放射能はやむことを知らない。畑や海が汚染されて仕事ができなくなってしまう人たちがいる。政府はそういった人たちにベーシックインカムを給付することを真剣に考えるべきである。
「一時金」を支給したり、いつになるかわからない「保障」を約束することより、希望するすべての人にすぐにでもベーシックインカムの給付を始める方がよい。そうすることで彼らには生活を立て直すための余裕が生まれるし、どこかに避難せざるをえない場合でも、彼らがベーシックインカムから支出するお金はその地の経済の活性化に貢献する。「仮設住宅」や「心のケア」よりベーシックインカムによる礎からの救済が大切である。
もとよりベーシックインカムとは、最小限の生活費を無条件に給付することによって、誰もが労働への隷属から解放されるような社会を創ろうという提案である。そこでは地上に生きるすべての人の生存を保証し、働くことの無償性を回復することが問題となる。それは「労働は人間を自由にする」という、ナチスによって絶滅収容所の入り口に掲げられた言葉をひっくり返すだろう。その言葉の非人間性は歴史によってすでに証明されているがゆえに。
他方、現代のデモクラシーは、奴隷に労働をさせていた古代ギリシャのデモクラシーとほとんど変わらない。いまでもひとは過重な労働に苦しみ、あるいは働きたくとも雇用がないという状況をどうすることもできない。われわれがこの未曾有の災厄を世界に先駆けてベーシックインカムを導入することによって乗り越えるべきなのは、そのような世界を破滅から救うことにつながるからである。
「一時金」を支給したり、いつになるかわからない「保障」を約束することより、希望するすべての人にすぐにでもベーシックインカムの給付を始める方がよい。そうすることで彼らには生活を立て直すための余裕が生まれるし、どこかに避難せざるをえない場合でも、彼らがベーシックインカムから支出するお金はその地の経済の活性化に貢献する。「仮設住宅」や「心のケア」よりベーシックインカムによる礎からの救済が大切である。
もとよりベーシックインカムとは、最小限の生活費を無条件に給付することによって、誰もが労働への隷属から解放されるような社会を創ろうという提案である。そこでは地上に生きるすべての人の生存を保証し、働くことの無償性を回復することが問題となる。それは「労働は人間を自由にする」という、ナチスによって絶滅収容所の入り口に掲げられた言葉をひっくり返すだろう。その言葉の非人間性は歴史によってすでに証明されているがゆえに。
他方、現代のデモクラシーは、奴隷に労働をさせていた古代ギリシャのデモクラシーとほとんど変わらない。いまでもひとは過重な労働に苦しみ、あるいは働きたくとも雇用がないという状況をどうすることもできない。われわれがこの未曾有の災厄を世界に先駆けてベーシックインカムを導入することによって乗り越えるべきなのは、そのような世界を破滅から救うことにつながるからである。
2011年4月1日金曜日
illuminations Ⅱ
どのような権力であれ、権力の秘密は、
民衆に責任があると民衆に納得させる、権力の不屈の厳格さに由来している。
ラウル・ヴァネイゲム
一刻を争ってニュースを知ろうとしたのは、
場合によっては行動に立ち上がるぞという意志が背後にあったからである。
ジョルジュ・ルフェ―ヴル
民衆に責任があると民衆に納得させる、権力の不屈の厳格さに由来している。
ラウル・ヴァネイゲム
一刻を争ってニュースを知ろうとしたのは、
場合によっては行動に立ち上がるぞという意志が背後にあったからである。
ジョルジュ・ルフェ―ヴル
登録:
投稿 (Atom)

